大変遅ればせながら、夏コミお疲れさまでした!(本当に遅い)
コミックマーケット92の継乃さん主催のブルー本企画『BEYOND THE BLUE』にコラムを寄稿させていただきました。
コラムのブログの掲載許可はずっと前に頂いていたのですが、イマイチ納得いく加筆修正が出来ずに遅くなりました。
問題は、
◆『BLUE』の原石
という項目中の「千葉版=『BLUE』の原石」という主張と、それに関連する部分。これは憶測が過ぎたと判明したのですが、この部分を削除するとコラム全体に支障をきたしてしまうのです。上手く修正も出来なかったので、大変恥ずかしながら原文ママの掲載となります。
また、もともと書いていた原稿は予定していたページをオーバーしておりまして、ブルー本掲載の際に少し削っていました。
せっかくなので、削っていた分も戻しています。
(未収録分は茶色の文字にしていますので、ブルー本をお持ちの方はそこだけ読めば大丈夫かと思います)
なお、引用をした箇所は青色の文字になっています。
◆はじめに
『機動戦士ガンダム外伝 THE BLUE DESTINY』20周年、おめでとうございます!
この作品がたどった歴史について色々と調べ事をしている、シダと申します。
今回、”蒼を受け継ぐ者たち”が魅せるブルーディスティニー愛あふれる記念イラスト本に、僭越ながらテキストで参加させて頂くことになりました。
大好きな作品をリスペクトする方法って、いろいろあると思うんです。例えば、イラストを描く。ガンダムだったらプラモを作る。僕の場合、それが「作品の歴史を追う」ことにあたります。
・・・というわけで、この場をお借りしまして『THE BLUE DESTINY』という作品の成り立ちについて、これまで調べてきたこと・思っていることを語らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
◆『BLUE』への共通認識
『THE BLUE DESTINY』という作品に、みなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
「主人公”ユウ”が謎のMS、ブルーディスティニーとEXAMシステムを巡る戦いに巻き込まれ”マリオン”と呼ばれるニュータイプの少女を”救うべく”戦う物語」
「逆襲のシャアの舞台である宇宙世紀0093年、ユウはジェガンで出撃しアクシズの落下を防ぐため、その表面に取り付いた」 という話やエピソードが思いつくかと思います。
また、「ジムの生首を掴む、暴走したブルー1号機」「マリオンは天使のような姿をしている」なんてイメージも浮かぶかと思います。
いま挙げたこれらの要素、実は原作となった最初のゲームには登場していないのです。
『THE BLUE DESTINY』は、原作となったゲームに始まり、漫画や小説、その他のゲームなどメディアミックス・・・さらにはプラモデルやフィギュアで採用されたギミックの影響を受け、何度も設定やストーリーの更新が行われてきました。そのため、時に同じブルーファンの間でも作品像へのジェネレーションギャップが生じることがあります。
(例:「ユウが喋るor無口」といったギャップ)
20年も歴史があれば、ファンの間にも作品に触れた時期によって”原体験”が違ってきているのです。
追加設定で作品に幅が生まれるのは他のガンダム作品にもよくあること。しかし『ブルー』の場合は少々事情が違っておりまして・・・。
今回のテーマは『「BLUE像」の確立について』。
我々ガンダムファンの間で出来上がっている『BLUE』という作品への共通認識を『BLUE像』とし、これがいかにして形成されていったか・・・。それについて、持論を展開してみたいと思います。
振り返るのは、作品が辿った20年のうち1996年~2000年の4年間についてです。
「え、20年分じゃないの!?」という声が聞こえてきそうですが・・・すいません、膨大過ぎてまとめきれませんでした。ですので、ごめんなさい、最初の4年間にしました。まずは、最初の4年間に『BLUE』が関わった作品を時系列に見てみましょう。
1996年
・機動戦士ガンダム外伝 戦慄のブルー、蒼を受け継ぐ者(セガサターンソフト)
・THE BLUE DESTINY 連載開始(漫画。高山瑞穂著 講談社・覇王マガジン)
・テクニカルガイドブック 戦慄のブルー、蒼を受け継ぐ者(攻略本。講談社・覇王ゲームスペシャル)
1997年
・裁かれし者(セガサターンソフト)
・テクニカルガイドブック 裁かれし者(攻略本。講談社・覇王ゲームスペシャル)
・THE BLUE DESTINY(漫画単行本。高山瑞穂著 講談社コミックスDX)
・THE BLUE DESTINY(小説版。皆川ゆか著 マガジンノベルズスペシャル)
1998年
・機動戦士ガンダム ギレンの野望(セガサターンソフト)
・SDガンダム Gジェネレーション(プレイステーションソフト)
1999年
・SDガンダム Gジェネレーションゼロ(PSソフト)
2000年
・SDガンダム GジェネレーションF(PSソフト)
このようになっています。
結論から先に言ってしまうと、
「最初の4年間で形成された『BLUE』像(設定や物語)が根幹となり、それ以後の作品へフィードバックされている』と、僕は考えています。
全体の歴史の1/5。されど、非常に重要だった1/5。
『BLUE像』を確立するに至る、「後に影響を与えることとなったモノ」を形成した4年間の話をしてみたいと思います。
※事実を基にしつつ客観的な視点で歴史を辿る事に努めますが、僕個人の経験からの主観・解釈も多分に入っています。「これが真実だ!」と主張するつもりはありません。いちファンの視点からみた『ブルー』の歴史として捉えて頂きたく思います。また、これが皆様にとって『ブルー』をより深く知るための参考になれば幸いです。
◆蒼き運命の始まり
1996年9月セガサターンソフト『機動戦士ガンダム外伝Ⅰ戦慄のブルー』発売。
「ゲームで展開する新しいガンダムのストーリー」として、OVAのように巻を分けてストーリーが進む『OGS(オリジナルゲームストーリー)』と呼ばれる方式を採用。ゲームは3ヶ月ごとにリリースされ、同年12月に第2弾『蒼を受け継ぐ者』、翌年3月の第3弾『裁かれし者』が発売。全3巻で完結しました。(以下、これら3作を”原作ゲーム”と呼びます)
ゲームは、いわゆるfps。コックピットに乗ったパイロット視点の3Dシューティングゲームです。ストーリーの進行は静止画とナレーション、ミッションブリーフィングとしてゲームステージの説明、プレイ中のセリフやムービー・・・といった形になっています。
まず、ストーリーについて。
実はこの原作ゲーム、現在知られているモノと大きく違う点が幾つもあります。
まず一つは、ユウに人格が無い点。原作ゲームはプレイヤー自身が一年戦争を体験することもコンセプトの一つであり、主人公はプレイヤー自身とされています。プレイヤーが感情移入しやすいよう、主人公とされるユウには最低限の設定しかされていませんでした。
ユウはプレイヤーがゲームの世界に入り込むための・・・言いかえると、宇宙世紀の世界に入り込むための”分身”だったのです。
そのため、劇中のユウに人格はなく、当然セリフもありません。(いわゆる『無口ユウ』とは違います。この辺は後述)。ゲーム中に話しかけてくるアルフ、モーリンらはプレイヤー自身に話かけているも同然だったのです。
原作ゲームシナリオ担当の千葉智弘氏は、設定資料集にて次のようにコメントをしています。
「だれがプレイしても自分だと思えるようなキャラになるように注意しました。戦う理由は≪復讐≫(昔のカタキ)でも≪正義≫(平和を守れ)でも≪愛≫(マリオンを救え)でも≪義務≫(軍部の命令)でも、何でもOKな設定になっています」(ソフトバンク刊 機動戦士ガンダム外伝 設定資料集より)
”ユウ”という名前の由来が”あなた”を意味する”YOU”が由来であることもからも分かる通り、『BLUE』は”ユウ”というキャラクターのロールプレイではなく”あなた”の物語である、というのが最初のコンセプトでした
(※1)。
そのため、冒頭で述べたような「マリオンを”救うべく”」といったユウの戦いへの動機付けが、物語には無かったのです。
次に、ニュータイプという要素。
EXAMシステムといえばマリオンというニュータイプの少女と、EXAM開発者であるクルスト博士。『BLUE』という作品に必要不可欠な要素ですが、実は原作ゲームにマリオンとクルストは登場していません。EXAMシステムの被験者として顔写真が資料として映ったり、セリフやナレーションでその名が語られるのみなのです。
先に述べたように、ステージクリア型の3Dシューティングゲームという性質上、複雑なストーリーをイベントシーンだけで展開する事は難しく「EXAM」「ニュータイプ」といった要素は、ゲームを盛り上げるための要素として使われたのみで、そのストーリーが詳細に語られたわけではなかったのです
(※2)。
現在知られる「裁かれし者」の戦いといえば
「ブルー3号機を駆るユウとブルー2号機を駆るニムバスが互いにEXAMシステムを発動させ死闘を繰り広げる中、「ニムバス、やめて!」と叫ぶマリオンの叫びが聞こえる・・・」
といったものが思い浮かぶと思います。
しかし原作ゲームではマリオンは登場していないため、現在はお馴染みであるマリオンの介入は無く、完全にユウとニムバスの一騎打ちとなっています。
原作ゲームを知らない方には、意外だったかもしれません。
これがどのように今日の『BLUE』の形に至ったのか・・・
これより、順を追ってみてみましょう。
※1 RPGで例えるなら、主人公の物語をロールプレイするファイナルファンタジー形式ではなく、ドラゴンクエスト形式の主人公だった、と言えましょうか。
※2 設定自体はゲームの説明書に付属した解説、設定資料集で補完されていましたが、こちらもストーリーとして語られたわけではありませんでした。
◆『ブルー』のビジュアル的象徴
原作ゲームの展開に合わせ、メディアミックスとして展開されたのが高山瑞穂氏による漫画版『BLUE』です。
講談社より刊行された覇王マガジンという雑誌にて96年10月号より連載がスタートしました。(以後、たいち庸氏による『ザ・ブルー』と区別するため”高山版”と呼びます)
原作ゲームをもとに、高山瑞穂氏によるオリジナルストーリーを織り交ぜてストーリーが展開されます。また、千葉智弘氏によるショートストーリー(後述)と重複する要素もみられるため、千葉氏の案も物語の下地になっていることが伺えます。
漫画という形式でストーリーを展開するため、主人公ユウはプレイヤーでなく、人格を与えられた一人のキャラクターとして確立しています。主人公ユウを始めフィリップ、アルフらサブキャラクターも原作を踏襲しつつ、高山氏による解釈で描かれました。
注目しておきたいのが、マリオンとクルストが登場していること。原作ゲーム未登場の二人は、そのの関係も含め、初めて突っ込んだ描写がされました。
加えて注目したいのが、ニュータイプであるマリオンとユウの心の交流の描写。劇中ではユウの夢の中やイフリート改との決戦の中で、マリオンが語りかける描写があります。
原作ゲームでは設定に過ぎなかった”ニュータイプ”という要素が、ストーリーの肝として使われていたのです。
そして、高山版が後年に最も影響を与えたことがあります。
それは『BLUE』のビジュアル的な象徴を確立したことです。
『ブルー』と聞いて思い浮かべるイメージといえば、皆様、
必ずコレがあると思います。
「ゴーグルを赤く発光させ、ジムの生首を持つブルー1号機」
実はこの構図、原作ゲームのキービジュアルにも、ゲーム中にも存在しない構図です。これは高山版ブルーのキービジュアルとして描かれた一枚のイラストが原点となっています。
イラストには描かれた日付が残っており、”96.6.29”と、ブルーの歴史的にも最初期に描かれたことが分かっています。
また、イラストの他に劇中でも暴走状態のブルーがユウらに襲い掛かるシーンで、生首を持つブルーが描かれていました。
現在、ブルー1号機を象徴するイラストとして、カードゲームなどのイラストでも広く使われているこの構図の原点は高山瑞穂氏によるものだったのです(※3)。
高山版が生み出した象徴はまだあります。それは、マリオンが天使として描かれるイメージです。これも劇中で描かれたものが最初で、原作ゲームには無かったものです。こちらはGジェネレーションシリーズにおけるEXAMシステム発動の描写で引用され、以後、定着しています。
さらに、高山版で特徴的な描写として「EXAM発動時に赤く発光するゴーグル」が挙げられます。実は原作ゲーム中でブルー1号機のゴーグルが赤く発光する描写は一切なく、設定でも記述はありませんでした。しかしながら、ゲーム開発中のキャプチャー画には赤く発光するシーンがあり、また当時のB-CLUB(※4)でもゴーグルが赤く発光したブルー1号機のイラストが掲載されたことがあります。おそらくこれは、当初の予定ではゴーグルが赤く発光する予定だったものの、何らかの事情で実装できず、設定そのものが無かった事にされたのではと推測されます。先に紹介した高山版のキービジュアルは初期の設定通りに描かれたためか、ゴーグル赤く発光しています。そして当時の単行本でも、赤くゴーグルを発光させたブルー1号機のイラストが表紙を飾りました。厳密には高山版が初出ではありませんが、没設定だったはずのものが漫画という形で世に出た事となり、結果的にブルー1号機の赤いゴーグルのイメージ確立に一役買っていきました。残念ながら、掲載誌の覇王マガジンの休刊に伴い、高山版は『蒼を受け継ぐ者』編で打ち切り。ストーリーは未完となっています。
※3 のちに1号機のみならず2号機やイフリート改でもこの構図で描かれることがあり、現在ではEXAMシステムによる狂気を象徴する構図として定着しています。なお3号機のこういった構図は、今のところ確認されていません。
※4 1985年~1998年にバンダイ出版課より発行されていたホビー誌。
◆『ブルー』の文芸的象徴
原作ゲームのメディアミックスとして展開された、皆川ゆか氏によって執筆された小説版『BLUE』(以下、皆川版とします)はユウによる一人称視点で物語が展開していきます。小説という形式のため、やはり主人公ユウには人格があり一人のキャラクターとして確立しています。
また、皆川版でも高山版と同じく千葉智弘氏によるショートストーリー(後述)と重複する要素があり、これについては千葉氏版のもの参考にしたと明言されています。
この皆川版は、現在の『BLUE』に多大な影響を与えた作品となっています。
まずひとつは、ブルーに関する設定について。
『BLUE』は原作ゲームの段階で詳細な設定(※5)が無かったため、小説版では皆川氏の考察のもと、独自に設定を加え補完し物語に反映してきました。
例えば、部隊の名称や規模、連邦軍内での位置付け、運用などの設定。物語に関わった基地の名称などがそれに当たります。「第11機械化独立混成部隊」「ニューバーン基地」「ハミルトン基地」といった現在でもお馴染みの名称は、原作ゲームには存在せず皆川版で初めて名づけられました。
次に、影響を与えたのは、ストーリーそのもの。
例えば、暴走するブルー1号機との遭遇戦でのパイロットの「なぜ殺した!」という叫び。ジオンのミサイル基地攻略戦で、基地が核ミサイルを撃とうとしていたこと(原作では長距離ミサイル)。先にも例に出した「ニムバス、やめて!」というセリフ。ニムバスとの最後の戦いののち、マリオンに導かれるユウ。これらのセリフまわし、設定、エピソードは全て皆川版が初出であり、後のゲーム等に何度も引用されていくことになりました。
加えて、EXAM事件後のユウ・カジマの顛末。
ユウに関する有名なエピソードとして「第2次ネオジオン抗争に参戦しており、落下するアクシズにジェガンで取り付いていた」というものがあります。
この描写も、実は原作ゲームにはありません。
原作ゲームでは、エンディングにて落下するアクシズのイラストと共に「第二次ネオジオン抗争の後、軍を退役した」と語られたのみだったのです。
皆川氏は小説の版執筆にあたり、ユウたちを単に一年戦争を生きたのではく”宇宙世紀”を生きた人間として描くことを念頭に置いていたとコメントしています。そのため、原作のエンディングからイメージを膨らませ件のシーンが描かれたと思われます。
「落下するアクシズの先端から放たれた、蒼い光。それはかつてEXAMを巡る戦いの中で見たものと、同じ色だった」
有名なこのシーン。これは本来小説版のみの描写でしたが(※6)後年のゲーム、漫画にてこのシーンが採用される事が多かったため、『BLUE』の物語の一つとして広く認知されていきました。
設定やストーリー、セリフといった、アニメでいう”文芸設定”。現在の『BLUE』における文芸設定は、皆川版がその根幹を成していると言っても過言ではないでしょう。
※5 ここでいう「詳細な設定」とは、小説という媒体で物語を展開するにあたり必要だった設定。これはガンダムファン、マニアが求めるレベルの設定ともいえますが、決して原作ゲームの設定に不備や手落ちがあったという意味ではありません。
※6 皆川ゆか氏は、以前にこのようなコメントをしています。
「私が公式にしようとしているとか、サンライズに認めさせようどうこうと危惧を持つ人に対して言えることっていうのは、たとえば私がブルーのノベライスやってるじゃないですか。その主人公であったユウ・カジマがアクシズ落としのとき、ジェガンに乗ってるっていう創作をしているわけですよね。ゲーム会社の人に許可をもらってそういうのをつけて。私個人もあのシーンはすごく好きなんで、『GUNDAM OFFICIALS』にも入れたくなりますよ。でも、これは入れちゃいけないから、入れてないんですよ」
これは2001年の「ガンダムオフィシャルズ」の刊行記念に行われた、サンライズの井上幸一氏と著者である皆川氏の対談形式のインタビューからの引用です。
(ガンダムオフィシャルズ公式HPより。現在は閉鎖)
本来は小説版のみのシーンであり、公式に反映させる意図は無かった意向が伺えます。
また、皆川版で描かれた「吹き飛ばされるギラドーガの腕を掴んだのはユウ」という描写には賛否ありますが、これは後年のゲーム、漫画等に反映されるケースは少ないです。
僕の想像になりますが・・・アクシズ落下阻止に参加という皆川氏による名シーンは踏襲しつも、「ギラドーガの腕を掴む」というデリケートなシーンについては皆川氏の「公式ではない」という意図を汲み、反映させなかったのではないか・・・と、個人的には思います。
◆『BLUE』の原石
実はもう一つ、当時の『BLUE』を語る上で欠かせないモノが存在します。それは、原作ゲームのシナリオ担当である千葉智弘氏による書き下ろし小説(以下、千葉版)。当時刊行された攻略本『覇王ゲームスペシャル 機動戦士ガンダム外伝 テクニカルガイドブック』内に掲載されていたものです。
原作ゲーム3本それぞれに合わせ全3巻が発売、ショートストーリーも3編存在します。
ストーリーは各話複数の主人公が入れ替わり一人称で書かれます。ユウ視点、アルフ視点。第2話はニムバス視点・・・そしてなんと、マリオン視点のものが存在します。
開戦前後のユウ。マリオンとクルストの過去(※7)。マリオンとニムバスの過去。ニムバスがクルストを襲撃した時のやりとりなど、原作ゲームでは描ききれなかったエピソードが小説という形で描かれています。
特筆すべきは、ニムバスとマリオンの関係。そしてニムバスの性格です。現在の『ニムバス像』といえば「強い自信家で自分以外の他者を見下す、傲慢な性格」「自らの目的達成のためには味方の犠牲も厭わない」「ニュータイプという強大な力をもつマリオンを敵視しつつ、その力を体現する”EXAM”に魅入られている」というものになっていることと思います。また「ジオンの騎士」を自称するのも、その強い自信の表れであるよう描かれています。
原作ゲームの「強い自信家」といった要素に加え、皆川版で描かれた「自分が一番であり、他者を見下す」「ニュータイプ(マリオン)の敵視」といった要素が引用されているのです。
しかし、千葉版で描かれたニムバスは「騎士道で自らを律し、味方のための自己犠牲も厭わない」「騎士道に反する者を見下す」「目的のために味方を犠牲にする必要が迫られた場合にそれを実行する非情さはあるも、葛藤がある」「マリオンの境遇に同情し、EXAMシステムの実験中も気にかけている」といった性格になっています。
現在のニムバス像との違いに、驚かれる方もいるかと思います。
そして、千葉版、高山版、皆川版それぞれで、重複しつつも微妙に違うエピソードがあります。例えば、一年戦争開戦前後ユウ。千葉版では、開戦より数日前にユウが同僚のフランクと戦闘機で哨戒飛行中にMS-06ザクと遭遇し交戦。MSの性能に翻弄され、フランクは命を落とす・・・というエピソードがあります。高山版では、劇中では既に故人だと伺える戦友の名が「フランク」となっています。皆川版にはフランクという名の人物は登場しません。しかし、「開戦前に同僚と哨戒飛行中MS-05ザクと遭遇。戦闘にこそならなかったものの、そこでユウはMSの性能を目の当たりにする」というエピソードがありました。皆川氏は小説版のあとがきにて「千葉版を参考にしつつ、ノベライズのための改変の快諾も千葉氏からいただいた」・・・といった主旨のコメントしています。上記のユウのエピソードが、その一例でしょう。高山版はどうだったでしょうか?漫画版は原作ゲームの発売と同時進行だったため、同じく同時進行だった千葉版自体を参考にしたわけではなさそうです。しかしながら上記のユウの件のように、千葉版と似通った要素も存在します。推測するに、ゲームでは描ききれなかった千葉氏による設定やエピソード自体が存在し、それを参考に漫画用にアレンジしていったのが高山版で、叩き台としストーリー仕立てにしたのが千葉版・・・といった構図があるのではないでしょうか。※ブルー本で言及していたユウの同僚フランクの件ですが、その後、フランクの原案は千葉氏でなく高山氏だったと判明しました。ここだけは取り消し線を付きとします。
さて、この千葉版ブルー。
今回のテーマである『後に影響を与えることとなったモノ』という観点で言うと、引用されたのは専ら高山版・皆川版であり、千葉版の要素は後に引用されることはありませんでした(※8)。
先のニムバスの件が、最たる例といえましょう。
発表されたのが攻略本だった、という間口の狭さが要因なのか・・・それは分かりません。
しかしながら、高山版・皆川版の下地になったのは確かなようです。千葉版は、いわば、『BLUE』像形成の原石になったと言えましょう。
ここまで、まとめてみます。
・原作ゲーム及び千葉智弘氏による設定・ストーリーをベースに、高山版・皆川版が描かれる。
・高山版、皆川版がプラスアルファしていった要素は後年のゲーム、漫画等にフィードバックされていった。
・現在も広く知られるブルーのビジュアル的な象徴は高山版から始まっている
・現在引用される設定(原作ゲームよりプラスされたもの)、キャラクター像、ストーリー、セリフ回しなど文芸設定は主に皆川版から始まっている
・・・と、いった感じでしょうか。
そして再度強調しますが、両作品が果たした功績は、マリオンとニュータイプの描写です。
原作ゲームでは物語のキーであるはずのマリオンは設定上の存在で、EXAMを巡る戦いはミッションの一つという扱いでした(※9)が、マリオンそしてニュータイプを描写した高山版、皆川版の両作品をもって『BLUE』は「ユウがEXAMを巡る戦いの中、マリオンを救う物語」として完成したといえます。
※7 千葉版のマリオンは過去エピソードで完結しており、高山版や皆川版のようにユウらにニュータイプ的な接触・介入をすることは、基本的にはありません。ただし、最後の決戦にてユウの前に幻影が現れる描写があります
※8 ブルー史の中で埋もれてしまった、千葉版。・・・しかし時は流れ、18年後の2014年。PS3『機動戦士ガンダム外伝 サイドストーリーズ』収録のブルー編で描かれたニムバスは「ニュータイプの力に劣等感を抱きつつも、犠牲になったマリオンを憐れみ、サイド6の病院へ秘密裏に移送していた」という、従来のニムバス像にはない千葉版を意識したニムバスが描写されました。そして2015年。千葉氏自らシナリオを担当する、たいち庸氏作画の漫画版『ザ・ブルー・ディスティニー』のニムバスは「騎士道を重んじる」「作戦のために味方を犠牲にせざるを得ない時、それを実行する非情さはあるが、葛藤がある。また、余計な犠牲を出さないよう猶予を与える」「マリオンに憐れみを持つ」キャラとして描かれています。千葉版のニムバスが帰ってきたのです。
※9 確かに、マリオンを巡るという要素は原作ゲームにありませんでした。しかしながら、先に述べた通り原作ゲームの主人公はプレイヤーである”あなた”です。”あなた”の想像するストーリーを挟む余地があったこと・・・マリオンを救うための戦いという想像も自由だったことを、ここに述べておきます。
そしてこちらも再度強調しておきますが、決して原作ゲームの設定・ストーリーに不備や落ち度があったわけではありません。プレイヤーのために原作ゲームが用意した余地を活かし、高山氏と皆川氏が一つの作品として高みに上げた・・・と、僕は解釈しています。
◆『BLUE』の拡散と『ユウ・カジマ』像の確立(?)
原作ゲーム、メディアミックスと1996年から1997年にかけて『BLUE』は展開され、その流れは一旦落ち着きました。そして1998年、『BLUE』に新たな流れが生じます。「他のゲームへのゲスト出演」です。
1998年、ガンダム初の本格的戦略シミュレーションとして、セガサターンソフト『機動戦士ガンダム ギレンの野望』が発売。プレイヤーはレビル将軍、もしくはギレン総帥となり軍を運用。総大将の視点でさまざまなイベントに遭遇します。また、パイロット同士を隣接・対決させることで劇中のセリフを再現する会話イベントもあり、さらにはシャアとジョニー・ライデンなど、作品の枠を超えた会話イベントもありました。
一年戦争を舞台としたこのゲームはファーストガンダムのみならず、MSVや08小隊、ポケットの中の戦争など時代を同じくした作品が登場。さらにはスターダストメモリーやΖガンダム、ΖΖガンダムから一年戦争に関連する要素をピックアップ。機体や人物、イベントなど多数登場しました。
この中に、『BLUE』も含まれていたのです。
機体はブルー1~3号機、2号機ニムバス機、イフリート改。人物はユウ、フィリップ、サマナ、ニムバス・・・そして、マリオンが登場しました。(モーリンは未登場)
原作ゲームに登場しない彼女がゲームに登場したのは、これが初めて。NT適正のあるパイロットとして登場し、なんと初めてキャラクターボイスも付きました。
『BLUE』のイベントは、連邦軍側では「クルスト博士の亡命許可」「ブルーディスティニーのテストパイロット派遣」「敵に奪われたブルー2号機の奪還作戦の承認」など。これらイベントはアルフ・カムラから意見具申される形で発生します。
ジオン軍側でも同様に、さまざまなイベントが発生します。
クルストがイベントにてゲームに初登場。クルストからは「EXAMシステム開発の承認」「実験に協力するNTの派遣」といったイベントが。ニムバスからは「亡命したクルスト博士の追跡許可」といった意見具申がなされます。
このように、原作ゲームとは違った視点・・・レビルやギレンといった大局の立場から見た『BLUE』も、ブルーファンにとっては楽しみの一つとなりました。
ガンダムファンに広く好評を博した『ギレンの野望』に登場したことで、『BLUE』という作品の認知度が広まっていきます。同じ年に発売された『Gジェネレーション』にも登場することで、さらに認知されていくことになりますが・・・それは後述します。
さて、『BLUE』史として見た場合、特筆すべきことはマリオンとクルストの初登場、そして初めてキャラクターボイスが付与されたことです。マリオンは林原めぐみ、クルストは清川元夢が担当し、以後の作品でもこれが定着しています。
そしてもうひとつ特筆すべきは、『ユウ・カジマ』像の確立なんですが・・・ここで、奇妙な現象が起きました。
それは、極端な無口キャラというものです。
先述のとおり原作ゲームではユウにセリフは無く、キャラクターボイスもありません。そのせいか、ギレンの野望にユウが登場した際のセリフは「・・・」や「・・・!?」といったものになり、キャラクターボイスも宛てられませんでした。
そんなユウも、パイロット同士の会話イベントがあります。声も無いのにどうやって会話を成立させていたかというと・・・ユウ「・・・」フィリップ「相変わらず無口なやつだな!そんなんじゃモーリンちゃんに嫌われちまうぜ!」ユウ「・・・」サマナ「言わなくてもわかりますよ、僕に会えて嬉しいんですね!」といった感じでした。一応、原作の設定上も”寡黙”ではありますが、そこが強調されてしまい、極端な無口キャラとして成立してしまったのです。この”無口ユウ”も、作品の認知度と共に広がっていきました。
◆『BLUE像』の統一と確立
さて、今回は文中にて散々「後年への引用」だの「フィードバック」と言ってきました。抽象的な表現ばかりになってしまい申し訳ない所です。
最後に、これら引用やフィードバックが最も効果的に行われ、かつ現在の『BLUE像』を決定付けた例について話してみたいと思います。
これまで原作ゲーム、高山版、皆川版、千葉版。メディアミックス展開で4つの『BLUE』が誕生しました。パラレルな、それぞれの『BLUE』像。例えるなら機動戦士ガンダムのTV版、劇場版のようなものでした。
これが、統一される機会があったのです。
お気づきの方もいるでしょう。それは、1998年より始まった、歴代ガンダムのストーリー追体験型シミュレーションゲーム・・・『Gジェネレーション』シリーズです。
1998年の初代Gジェネ、1999年のGジェネゼロ、2000年のGジェネF。プレイステーションで発売された初期3部作にそれぞれブルーディスティニーのシナリオも収録されましたが、ここで収録されたシナリオのストーリー、セリフ、演出が原作ゲームを踏襲し高山版、皆川版からの要素を統一し一つにまとめられたものだったのです。
幾つか例をあげてみましょう。
●高山版・・・
・マリオン「誰カ私ヲ止メテ・・・早ク アノ蒼イMSヲ 破壊シテクダサイ」
・ニムバス「私を憐れむ必要は無い、マリオン」
・アルフとテストパイロットのやりとり
・天使のイメージで描かれるマリオン
・ムービーにて、暴走する1号機が一度止まってユウらを威圧するかのようにみせる仕草 etc...
●皆川版・・・
・「第11機械化独立混成部隊」という名称
・『裁かれし者』編における展開、セリフ。
・エンディング、ユウの顛末 etc...
Gジェネ初期3作のブルーシナリオをもって、パラレルだった『BLUE』が統一。新たな、ひとつの『BLUE』の物語として完成しました
(※10)。Gジェネ以前から『BLUE』を知る人にとってGジェネで見事に再構成された物語を新たな『BLUE像』として捉えていったのではないだろうか。
そして、ご存知の通りこのGジェネというゲームは歴代ガンダム作品のシナリオを多数収録しており、ガンダムファンにとっては自分の知らないガンダム作品を知るキッカケともなります。今まで『BLUE』を知らなかった人がGジェネで知り、「これが『BLUE』だ」と認識する。従来のブルーファン、新規のブルーファンが『BLUE』に対し共通の認識を持ち、これが共有され今日の『BLUE像』の確立に至ったのではないだろうか・・・
と、僕は考えています。
余談になりますが・・・『ギレンの野望』の項目で述べた”無口ユウ”はGジェネシリーズでも同様のことが起こりました。ユウはキャラクターボイス無し、セリフも基本的に「・・・」のみ。イベントにてボイスは無いもののセリフ自体は存在し、完全な無口というわけではありませんでした・・・が、それでも無口のインパクトは強かったようで、これ以後数年は”無口ユウ”のキャラが定着してしまいました。その後、ユウにキャラクターボイスが付いたのは2002年の『機動戦士ガンダム戦記』(PS2)。これ以降ユウはセリフのあるキャラクターになり、2007年『Gジェネレーションスピリッツ』のブルーシナリオではユウにセリフのあるものになっています。しかしながら、数多ある多くのガンダムゲームの中で、作品によっては従来の”無口ユウ”になっている場合がありました。作品や時期によって無口ユウであったり、そうでないことがあるのです。ガンダムファンの間で「ユウがいつの間にか喋っている!?」といった話題がたまにありますが、これは『BLUE』に触れたタイミングによって生じるジェネレーションギャップと言えましょう。なお、ガンダム戦記での担当は山寺宏一氏。2004年の『カードビルダー』以降は諏訪部順一氏が担当しています。※10 個人的な感想ですが、Gジェネレーションで最も好きなのは「裁かれし者」編の2号機と3号機の決戦のムービーです。
ユウの3号機とニムバスの2号機が激しくぶつかる中、ユウの攻撃によって機体に深刻なダメージを負ったニムバスは3号機に掴みかかり、叫ぶ。
「お前に勝つのは私だ、マリオン!」
2号機のバルカンが火を吹き、3号機の頭部が破壊されていく。ユウは密着した2号機にビームサーベルを突き立て、ニムバスを倒す。機能を停止する3号機のEXAMシステム。停止寸前に最後に映し出しだしたのは、天使の羽をもつマリオンが飛び立つビジョンだった・・・。
この一連の流れ、セリフは皆川版のもの。特にニムバスのセリフは、狂気とも言える彼の劣等感と敵意の表れであり、ユウとの死闘の最中でありながらマリオンに執着していた、皆川版ニムバスの強い妄執が伺えます。これは個人的にも大好きなセリフで、それを最高に格好良いムービーと、速水奨の名演で見られたことは至上の喜びでした。
そして、EXAMシステムが最後に見せたビジョン。
高山版で描かれた天使のマリオンが、解放されたかのように飛び立つ。天使というモチーフを最大限に活かした見事な演出でした。
高山版・皆川版の要素が最も高いレベルで融合した、最高のムービーだと思っています
◆それから
以上が『BLUE』史の最初の4年間に起こった出来事です。
結局、主観や推測がかなり入ってしまったのは申し訳ないところです。初期から『BLUE』に触れてきた、いちブルーファンの観測の記録・・・といった感じで捉えていただければ幸いです。
Gジェネ以後も、『BLUE』史は続きます。
最初の4年からのフィードバック例や『BLUE』史に影響を与えた事柄を幾つか挙げてみますと・・・●2000年 機動戦士ガンダム(PS2ソフト)ブルー1号機がゲスト参戦、皆川版にあった「休憩時にリンゴを食べるユウ」という描写がアニメーションパートに登場する。●2002年 機動戦士ガンダム戦記(PS2ソフト)ユウに初めてキャラクターボイスが付く。●2003年 機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙(PS2)ユウのシナリオ、ニムバスとの決戦が皆川版を反映。シン・マツナガのシナリオ、ルウム戦役にてセイバーフィッシュに乗ったユウが登場する。●2004年 GUNDAM LEGACY(ガンダムエース2004年9月号掲載)作画:夏元雅人、シナリオ:千葉智弘原作ゲームでもシナリオを担当した千葉智弘が関わる作品において、「落下するアクシズに取り付くユウ」が描写される。●2007年 Gジェネレーションスピリッツ(PS2ソフト)セリフのあるユウが登場するシナリオ●2014年 機動戦士ガンダム外伝 サイドストーリーズ(PS3ソフト)皆川版、高山版、そして千葉版を反映しつつ新要素をプラスアルファし、新たな『BLUE』の物語が描かれる●2016年 機動戦士ガンダム外伝 ザ・ブルー・ディスティニー(ガンダムエース)作画:たいち庸、シナリオ:千葉智弘千葉智弘がシナリオを担当し、サイドストーリー版を含むこれまでの『BLUE』の要素を反映しリブート・・・一例ですが、このようになります。その他「HGUCブルー発売により生じた、世代ごとの1号機像のギャップ」や「イフリート改のヒートサーベルの形状の変遷」など、模型やフィギュアを含めると、さらに多くの変遷が見えてきます。・・・が、これらを語るのは、また別の機会とさせていただきます。
◆YOUとBLUEの物語一つだけ、後年の『BLUE』に残らなかったモノがあります。それは、「プレイヤー=あなた(YOU)」という原作ゲーム最初のコンセプトです。これは、原作が「一人称視点の”ゲーム”」だったからこそ成立できたもの。小説やマンガ、シナリオ追体験型のゲームでは成立しないものであり、「残らなかった」というよりは「残すことができなかった」と言えましょうか。(「プレイヤー=あなた」というコンセプト自体は『コロニーの落ちた地で・・・』『機動戦士ガンダム戦記』など後の外伝系ゲームに引き継がれまることになりました)今回、文中にて何度もユウの人格の確立に言及してきたのは、高山版、皆川版、千葉版を経て、ユウがプレイヤーの分身という役割から独立していったことを強調したかったからです。ユウ・カジマは人格をもち、ひとりのキャラクターとして成立し、真に物語の主人公として確立しました。現在の『BLUE』は”ユウ”が主人公の物語なのです。しかしながら・・・当時、ユウを分身とし一年戦争に身を投じた”あなた(YOU)”が主人公の『BLUE』の物語が無くなったわけではありません。輝かしい思い出として残っているのなら、それで良いのではないかと思います。◆さいごに
原作から20年を経た今でも『BLUE』の世界は広がりを続けています。
10年ぶりにリメイクされる、HGUCブルーディスティニー1号機。そして現在ガンダムエースにて連載中の『ザ・ブルー・ディスティニー』。
これらが今の『BLUE像』を塗り替えていくことでしょう。
これからも続いていく『BLUE』。お楽しみは、まだまだこれからなのです。
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